英語を教えていると、生徒さんから本当によく聞く言葉があります。
「難しいです。」
新しい文法を習ったとき。
新しい単語がなかなか覚えられないとき。
今まで使ったことのない表現に出会ったとき。
もちろん、本当に難しいこともあります。
でも、20年以上英語を教えてきて感じるのは、私たちは時々、「難しい」という言葉を少し早く使いすぎているということです。
本当は「難しい」のではなく、
ただ「慣れていない」だけかもしれません。
そして、この違いはとても大切です。
なぜなら、「難しい」と思った瞬間に、
「自分にはできない」
「この文法は苦手」
「この単語は覚えにくい」
と判断してしまうことがあるからです。
でも、新しいことが最初から自然にできないのは、当たり前ですよね。
今日は、最近ボウリングをしていて、改めてそれを実感したときのお話です。
ボウリングから気づいたこと
数週間前、私も普段からレッスンやイベントなどで関わらせていただいている素敵な英語スクール、「英語スイッチ」が開催したボウリングイベントに参加しました。
生徒さんたちと一緒に楽しくボウリングをしていたのですが、そこで英語学習にも通じる面白いことに気づきました。
ほとんどの人は、私も含めて普通のアマチュアです。
ボールを持って、ピンを狙って、できるだけまっすぐ投げる。
ところが、その中に明らかに上手な人が2人いました。
そして、その2人には共通点がありました。
ボールをまっすぐ投げていなかったんです。
ボールに回転をかけて、カーブさせながらピンに当てていました。
プロのボウラーを見ても、ほとんどがこのようにボールに回転をかけています。
一見すると、まっすぐ投げるほうが簡単に見えます。
でも、上級者にとっては、回転をかけてカーブさせることで、より良い角度からピンに当てることができます。
そこで、せっかく上手な人がいるなら教えてもらおう!ということになり、何人かでカーブに挑戦してみました。
当然、最初はうまくいかない
実際にやってみると……
全然うまくいきませんでした。
回転が足りず、そのまま右のガターへ。
今度は回転をかけすぎて、左のガターへ。
そもそも思ったように回転しない。
今までとはボールの持ち方も、手首の使い方も、投げ方も違います。
その中に、同じようにカーブに挑戦していた生徒さんが一人いました。
でも、2〜3球投げてうまくいかなかったところで、いつもの投げ方に戻りました。
その気持ちは、すごくよく分かります。
みんなが見ている前で何度もガターを出すのは、決して気持ちのいいものではありません。
いつもの投げ方なら、少なくともピンには当たる。
新しい投げ方では、0点になるかもしれない。
だったら、できることに戻ったほうが安心です。
でも、そのとき思ったんです。
これ、英語学習でもまったく同じことをしているな、と。
「やってみたけど、できなかった」
例えば、新しい文法を習ったとします。
説明を聞いて、意味も理解しました。
練習問題もできました。
ところが、数日後の会話で使ってみたら、間違えてしまった。
すると、
「この文法、難しいです。」
新しい単語を覚えた。
意味も分かっている。
でも、数日後に使おうとしたら、思い出せなかった。
「この単語、覚えるのが難しいです。」
でも、ちょっと考えてみてください。
その文法を、今まで何回使いましたか?
その単語を、実際の会話の中で何回使いましたか?
もしかすると、まだ5回。
3回。
あるいは、1回かもしれません。
それなのに私たちは、もう自然に、正確に、迷わず使えることを期待してしまいます。
ボウリングで考えれば、不思議ですよね。
私はカーブを3回投げただけで、
「できない。自分には向いていない」
とは思いませんでした。
だって、まだ3回しかやっていないからです。
英語も同じではないでしょうか。
難しすぎるなら、少しだけ簡単にする
もちろん、
「難しいことは良いことだから、とにかく我慢しましょう」
と言いたいわけではありません。
私も、ボウリングで一つ工夫をしました。
いつも使っているものより、少し軽いボールに変えたんです。
カーブを投げるには、いつもとは違う形でボールを持ち、手首を使って回転をかけなければなりません。
まだ慣れていない動きなので、重いボールではうまくコントロールできませんでした。
そこで少し軽くしてみると、コントロールしやすくなりました。
もちろん、それでも失敗しました。
でも、一球投げるたびに少しずつ分かってきます。
「今のは回転が足りなかった。」
「今度はかけすぎた。」
「もう少しこっちに投げてみよう。」
失敗するたびに、次の一球のための情報が増えていきました。
そして、9球目か10球目くらいだったと思います。
ようやくボールがきれいにカーブして、ピンに入っていきました。
何本倒れたかは、正直覚えていません。
7本だったかもしれないし、ストライクだったかもしれません。
でも、その瞬間の私にとっては、ストライクくらいうれしかったです。
もちろん、それでカーブをマスターしたわけではありません。
でも、10球前にはまったく分からなかった動きが、少しだけ分かるようになっていました。
「難しい」から「少し分かる」に変わり始めていたんです。
英語でも同じです。
難しすぎるなら、少し簡単にすればいい。
文章を短くする。
ゆっくり話す。
先生にサポートしてもらう。
一つのポイントだけに集中して練習する。
チャレンジそのものをやめる必要はありません。
必要なのは、自分が練習を続けられるレベルまで、難易度を少し調整することです。
初心者は日本語へ。中級者は「安全な英語」へ。
そして、英語が上達してくると、もう一つ面白いことが起こります。
初心者のころは、ほとんどすべてが新しいものです。
分からない。
言えない。
聞き取れない。
そんなとき、一番簡単な逃げ道は日本語に戻ることです。
英語で言おうとして難しくなったら、日本語で言う。
英語を聞いて分からなかったら、すぐに日本語訳を見る。
これは当然の反応です。
ところが、中級レベル以上になると、別の逃げ道ができてきます。
それは、
自分がすでに使える「安全な英語」に戻ることです。
いつも使っている単語。
間違えないと分かっている文法。
何度も使ってきた表現。
もちろん、それらが使えるようになったこと自体は素晴らしいことです。
でも、新しい表現を知っているのに、いつもの表現を使う。
新しい文法を勉強したのに、会話では避ける。
苦手な発音があるから、その音を含む単語を無意識に避ける。
そうしていると、英語を使ってはいるけれど、自分の英語の範囲はなかなか広がりません。
なぜでしょう?
新しいことに挑戦すると、一時的に下手になるからです。
間違えるかもしれない。
止まるかもしれない。
いつもなら簡単に言えることなのに、うまく言えないかもしれない。
つまり、一度できるようになった自分が、また少しだけ初心者に戻ったような感覚になる。
そして、それを私たちのエゴはあまり好きではありません。
だから、安心できる英語に戻ってしまう。
でも、それを続けていたら、今できることは上手になっても、できること自体はなかなか増えていきません。
「難しい」を、もう少し疑ってみる
これは、以前のTEDxトークでも少しお話ししたことにつながります。
言語を学ぶとき、私たちは知らないうちに、いろいろな「前提」を持っています。
「こういうものだ。」
「これは難しい。」
「私はこれが苦手だ。」
でも、その前提が、本当に正しいとは限りません。
もしかすると、
「難しい」のではなく、「まだ慣れていない」だけかもしれない。
だから、次に英語で何かを「難しい」と感じたとき、一度だけ立ち止まってみてください。
本当に難しすぎるなら、少し簡単にしてみる。
でも、すぐに自分がすでにできることへ戻らず、もう何回か試してみる。
失敗したら、
「できなかった」
ではなく、
「次は何を変えればいい?」
と考えてみる。
そうやって少しずつ、「知らない」を「知っている」に、「できない」を「できる」に、そして「不慣れ」を「慣れている」に変えていきます。
最後に、一つだけ覚えておいてほしいことがあります。
今、あなたが英語で当たり前にできていることも、最初はすべて「知らないこと」でした。
今では簡単に使える単語も。
考えなくても出てくる文法も。
自然に言えるフレーズも。
全部、最初は新しくて、慣れていなくて、きっと少し難しかったはずです。
でも、何度も触れて、何度も使って、少しずつ慣れてきた。
だから次に「難しい」と感じたとき、それを必ずしも「やめたほうがいい」というサインだと思わないでください。
それはもしかすると、
今の自分にできることの、ちょうど端まで来たサインなのかもしれません。
そして、その端を少しずつ広げていくこと。
それこそが、成長です。
今週のチャレンジ
今、あなたが英語で「難しい」と感じていることを、一つだけ考えてみてください。
そして、自分にこう聞いてみてください。
「これは本当に難しい? それとも、まだ慣れていないだけ?」
もし「まだ慣れていないだけ」なら、今週、もう少しだけ試してみませんか?
完璧にできる必要はありません。
次の一球を投げるだけでいいんです。